130万円の壁はもう古い──でも、それだけじゃない
「130万円の壁は、もうなくなったらしいよ」
そんな言葉を耳にしても、なぜか心のどこかがザワつく。
制度が変わっても、「扶養内で働くほうが損しないんじゃないか」という不安が、私たちの選択を曇らせてしまう。
実際、収入を少し増やすだけで保険料や税金が発生するなら、「ちょっと損かも」と感じるのは、ごく自然な感情だと思うのです。
けれど──
「損か得か」だけを軸に、働き方を決めようとすると、
だんだん自分らしい暮らしや、家族との時間、やりたいことの輪郭がぼやけてしまうこともあります。
この数年で“壁”と呼ばれてきた制度の構造は、大きく変わりました。
でも、変わらないものがあるとすれば、それは私たちの心の奥にある、「損したくない」という気持ちなのかもしれません。
本記事では、2025年度の制度改正をふまえつつ、
なぜ「扶養内」が気になってしまうのか──その背景にある不安や思考のクセを丁寧に見つめなおし、
自分にとって“納得できる選択”のための視点を見つけていきます。
“損しない働き方”を選びたくなる気持ちの正体
「できれば損はしたくない」──この気持ちは、私たちの選択にいつも影のように寄り添っています。
たとえば、年収が130万円を超えると、社会保険料の負担が発生する可能性がある。
それなら、超えないように調整した方がいいのでは…と考えてしまう。
こうした思考は、単なる制度理解ではなく、“感情”から生まれていることが多いのです。
家計のやりくりに不安があるとき、保険料や住民税といった「見えづらい支出」は強いストレスになります。
また、「手取りが減ったら家族に迷惑をかけるかも」「せっかく働いたのに損をするなんて…」という思いが、
働くモチベーションそのものに影を落とすこともあります。
こうした背景には、数字としての「損得」だけではなく、
“安心できる暮らし”を維持したいという気持ちが強く作用しています。
私たちは単に「お金を稼ぐ」だけでなく、「安心したい」「自信を持ちたい」「大切な人を守りたい」と願っているのです。
だからこそ、「損をしないように働く」という選択肢は、心の安全を守るための自然な反応でもあります。
ただし、そこにとどまりすぎると、「自分にとってちょうどいい働き方」や「可能性を広げる選択肢」が見えづらくなってしまうことも──。
次章では、そうした感情の背景をふまえつつ、2025年度の制度改正で何がどう変わったのか、
「損得のライン」とされてきた“壁”の正体を、もう一度冷静に見つめていきましょう。
制度は「変わるもの」──2025年の改正で変化した“壁”
「130万円の壁」「106万円の壁」「103万円の壁」──これらの数字は、これまで「扶養の中で働く」ことを考えるうえで、多くの人にとって“絶対的な目安”のように扱われてきました。
でも実際には、これらの“壁”は「制度によって変わるもの」であり、しかも私たちが思っている以上に柔軟性のある構造へと変化しています。
たとえば、2025年度には「年収の壁・支援強化パッケージ」が打ち出され、「130万円を超えても扶養を外れずに済む」という企業向けの制度(キャリアアップ助成金等)が整備されました。
これは、企業が社会保険料の一部を肩代わりすることで、従業員が安心して働ける環境をつくることを目的とした仕組みです。
また、社会保険加入の判断基準となる「106万円の壁」も、
2022年・2024年と段階的に対象事業所が拡大され、2025年度にはさらに多くのパート勤務者が加入対象となる見込みです。
一方、「103万円の壁」は、配偶者控除の適用ラインとして知られていますが、これもあくまで“税金”の話。
たとえ年収が103万円を超えても、配偶者特別控除の範囲内であれば、段階的に控除を受けられる制度設計になっています。
つまり、私たちが「損をする」と思い込んできた多くの“壁”は、実は見えない“誤解”や“古い前提”に支えられていた部分も多いのです。
制度は時代や働き方の変化に応じて、見直され、柔軟に再設計されていきます。
そして私たちは、その変化を正しく知り、「どこに合わせるか」ではなく「どう生きたいか」に軸を置いて選択していくことが求められているのかもしれません。
次章では、「それでもなお“扶養内”が気になる」背景にある感情や思い込みについて掘り下げていきます。
「損したくない」だけじゃない──“扶養内”にこだわる理由とは?
制度が見直され、「扶養の壁」は以前よりも柔軟に対応できるようになった。
でも、それでもなお「できれば扶養内で収めたい」と感じてしまう──そんな声は、今も根強くあります。
その背景にあるのは、「損したくない」という気持ちだけではありません。
実はその奥には、もっと深い“無意識の思い込み”や、“目に見えない不安”が潜んでいることがあるのです。
たとえば、
・自分の収入が家計を「支える」ものではなく、「補助的なもの」と捉えられてきた過去の経験
・育児・家事・介護など“お金にならない労働”を担ってきたことへの評価されなさ
・「家庭のために働くこと」が当たり前だった時代から続く“役割”のイメージ
こうした構造的な背景が、「扶養内」というラインに安心を求めたくなる感情を育てているのかもしれません。
また、「保険料を払うのがもったいない」「手取りが減るのが怖い」といった気持ちも、
単なる金銭的損得というより、「よくわからない制度に巻き込まれる不安」や「将来への漠然とした心配」に根ざしている場合が少なくありません。
つまり、“扶養内にいたい”という選択は、ただの経済合理性だけでなく、
「自分の働き方への自信のなさ」や「安心できる拠りどころがほしい」という感情の表れでもあるのです。
そして、そのことに気づけたとき、
「本当に望んでいる働き方って何だろう?」という問いが、初めて自分の中に芽生えてくるのではないでしょうか。
次章では、そうした“感情の揺らぎ”を受け止めながら、
「損得だけでは語れない選択」をしていくために大切な視点を考えていきます。
自分たちの暮らしに合った“安心の土台”とは?
「扶養内かどうか」にこだわる背景には、
やはり“将来への不安”という感情があります。
税金や保険料を払ったのに、手取りが減ってしまうかもしれない──
その一方で、保障や年金といった「見えにくいリターン」を得られる実感が少ない。
でも実は、「年収150万円」「200万円」といったラインであっても、
制度の使い方や家計設計しだいで、十分に“安心の土台”は築けるのです。
たとえば、
・自分で社会保険に加入することで、将来の年金受給額が増える
・健康保険の扶養を外れる代わりに、傷病手当金や出産手当金などの保障が得られる
・収入に応じた住民税・保育料の設計を見直すことで、家計全体の調整が可能になる
こうした制度の仕組みを理解し、自分の状況に合わせて選択することができれば、
「損をしないために抑える」ではなく、「安心を積み上げていく」という発想に転換できます。
また、家計の中に「ゆとり」や「予備費」「目的別貯蓄」などの“仕組み”を持っておくことで、
不測の出費にも慌てずに対応でき、結果として「今の選択」にも自信が持てるようになります。
自分たちの暮らしに合った「安心の土台」は、
一時的な手取りの多さよりも、長く続くバランスと信頼感のある設計から生まれます。
最終章では、制度の波にのみこまれず、
「自分で納得して選ぶ」ための視点をまとめていきます。
「気になる」を責めずに、「見つめ直す」選択へ
「なんだか損しそう」「制度ってややこしいし不安」──そんな気持ちが湧いてくるのは、当然のことです。
複雑な仕組みに囲まれながら、育児・家事・仕事を両立している今、
“少しでも損をしないように”という視点を持つのは、ごく自然なことでもあります。
でも、その気持ちを「小さいことにこだわりすぎ」「もっと大きく考えないと」と否定してしまうと、
かえって自分の感覚や選択の軸を見失ってしまうこともあります。
大切なのは、「なぜそれが気になるのか?」という問いを、
誰かの基準ではなく、自分自身の暮らしと感情に照らして見つめ直すこと。
たとえば、「安心したい」「不安を減らしたい」という気持ちがあるなら、
どんな情報がその安心につながるのか、どの選択が未来の安心を育てるのかを、
自分のペースで探していけばいいのです。
制度は確かに複雑で、変化も多い分野ですが、
それを“怖いもの”として遠ざけるのではなく、
暮らしの延長線にある「理解できる範囲の仕組み」として受け止めていくことで、
少しずつでも、「自分で選べる」という感覚が育っていきます。
「損得ばかり気にして…」と自分を責めなくてもいい。
そこにある気持ちをきっかけに、自分たちの暮らしを問い直すことができたら──
それだけで、すでに大切な第一歩を踏み出しているのかもしれません。
まとめ
「扶養の壁」は、数字だけで語られる話ではありません。
制度は変化し続ける一方で、私たちの不安や迷いは、その“背景”にこそ深く根を持っています。
大切なのは、制度に振り回されることではなく、
それを理解したうえで「自分たちにとって何が安心なのか」を選び取る視点。
正解はひとつではありません。
自分たちの暮らしに合った“安心のかたち”を探すことこそが、
これからの制度や社会と向き合う大きな力になるはずです。