
育児と仕事、“どちらも中途半端”と感じたとき
「子どもにちゃんと向き合えていない気がする」「職場でも、もっとやれるのに抑えてしまっている」──
育児と仕事を両立しようとするなかで、どちらにも十分に応えられていないような気持ちになることはありませんか?
時短勤務や在宅ワーク、フルタイムでの復帰。それぞれの選択肢には、それなりの工夫と努力があります。
それなのに、なぜか「どちらも中途半端」な気がしてしまう──この感覚の裏には、
“両立”という言葉に潜むプレッシャーと、“理想像”に引っ張られる無意識の思い込みがあるのかもしれません。
今回は、「両立の理想」ではなく、「自分たちらしい組み合わせ方」に視点を置いて、
心の揺れや疲労感の正体にそっと光を当ててみたいと思います。
第1章:どちらも“ちゃんとやらなきゃ”が苦しさのはじまり
育児と仕事。どちらも大切で、どちらもおろそかにしたくない──その思いが強い人ほど、日々の生活の中で深い疲れを感じています。
朝の登園準備に追われながら、仕事のスケジュールを思い浮かべ、保育園の連絡帳に丁寧なコメントを書く。職場に到着すれば、周囲に気を配りつつ業務をこなし、定時にダッシュで保育園へ。帰宅後は夕飯・お風呂・寝かしつけのルーティン。やっと自分の時間ができた頃には、すでにくたくた……。
「私のがんばりが足りないのでは?」「どちらにも中途半端かもしれない」という感覚が、いつの間にか自分を責める声となって積み重なっていきます。しかし、本当に“がんばり”が足りないのでしょうか。
多くの場合、原因は“がんばり不足”ではなく、心のどこかにある「ちゃんと両方やらなくてはならない」という見えないプレッシャーです。それは、社会がつくり上げてきた“理想の母親像”や“働く女性像”かもしれませんし、子ども時代に植え付けられた「人の期待に応えるべき」という価値観かもしれません。
大切なのは、「どちらかを手抜きしてはいけない」という二元論から離れることです。毎日100点満点でなくていい。今日は育児に重点を置き、明日は仕事に集中する──そうやって柔軟にバランスを取ることが、“両立”の本質ではないでしょうか。
自分で自分を追い込まないこと。それはわがままでも甘えでもなく、「自分の機嫌を取る」という、家族にとっても価値ある姿勢です。まずは、「完璧なバランス」を目指すのではなく、「日々のなかで少しでもラクになる選択」を自分に許すことから始めてみましょう。
第2章:予定通りに進まない日々が教えてくれること
「今日はこの時間に夕飯をつくって、子どもが寝たあとに明日の資料を仕上げて……」と頭の中で組み立てた計画が、ことごとく崩れていく。育児と仕事を両立する日々のなかで、多くの人がこの“予定外”と向き合いながら暮らしています。
子どもの機嫌、急な体調不良、仕事のトラブル。完璧に整ったスケジュールが“理想”であっても、現実は違います。そして、そのズレが積み重なるたびに、「私は段取りが下手なのかも」「ちゃんとできていない」と自己否定の種が芽を出します。
でも、立ち止まって考えてみてください。本当に悪いのは「段取りの甘さ」なのでしょうか?
むしろ、予定が崩れるたびに柔軟に対応している“あなたの力”こそ、見直されるべきではないでしょうか。子どもの泣き声に耳を傾け、咄嗟の判断で行動を変える。そうした日々の“判断力”や“瞬発力”は、誰かに評価されることは少なくても、確かな成長の証です。
また、“予定通りに進まない”という経験は、「どんなに綿密に計画しても、人生は思い通りにはならない」という本質的な気づきを私たちに与えてくれます。だからこそ、日々の暮らしには“ゆとり”や“余白”が必要であり、スケジュールに追われすぎると見失ってしまう“人との関係”や“自分の気持ち”を取り戻すチャンスでもあります。
時間に余裕がないときこそ、大切なのは“気持ちの余裕”です。完璧を目指すのではなく、計画のゆらぎすらも受け入れる柔軟さ──それが、共働きの日々を豊かにする鍵となるのです。
第3章:“どちらも中途半端”と感じたときに必要な視点
子育ても、仕事も、どちらも一生懸命やっているはずなのに、「どっちつかずでうまくできていない」と感じてしまう。多くの共働き世帯がこの“中途半端感”に悩んでいます。
たとえば、仕事で早退を繰り返せば「迷惑をかけている」と後ろめたさを抱き、逆に子どもの行事を欠席すれば「親として失格かもしれない」と自分を責める。結果として、どちらにも本気で向き合えていないような、宙ぶらりんな気持ちになるのです。
けれども、本当に“中途半端”なのでしょうか?
むしろ、日々の選択のなかで「何を優先すべきか」「どう折り合いをつけるか」を真剣に考え、判断しているその姿勢こそが、両立の真の姿ではないでしょうか。
そもそも「すべてを完璧にこなすこと」が前提となっている時点で、それは現実離れした理想です。家庭の状況、仕事の種類、子どもの年齢など、条件は人によってまったく異なります。それなのに、ひとつの“正解”を目指して自己評価を下げてしまうことは、とてももったいないのです。
大切なのは、「自分が本当に大事にしたいことは何か?」を定期的に問い直すことです。状況が変われば、優先順位も変わっていく。それを柔軟に見直せる力こそが、“両立の質”を高めてくれます。
自分を責めるのではなく、自分の選択に目を向けてみましょう。目の前の一つひとつを丁寧に選び取ってきた積み重ねが、たしかに“自分らしい暮らし”を形づくっているのです。
第4章:“損か得か”で決めない、働き方の選び方
「扶養内に抑えるべきか、それとも思い切ってフルタイムにするか」──家計と働き方のバランスを考えるうえで、多くの家庭が「損か得か」で迷いがちです。
たとえば、103万円・106万円・130万円など、いわゆる“扶養の壁”と呼ばれるラインが長く意識されてきました。ですが、2025年からは社会保険の適用が段階的に拡大し、「106万円の壁」は従業員数にかかわらずすべての企業に波及しつつあります。結果として、パート・アルバイトでも一定の労働時間を超えれば、社会保険に加入することが当たり前になりつつあるのです。
そうした背景の中で、「少しでも超えると損になる」といった従来の考え方だけに縛られると、本来選べるはずの働き方を自ら狭めてしまうリスクがあります。
働き方を「損得」だけで判断すると、“数字に見えない価値”を見落としてしまいがちです。たとえば、社会とのつながり、自分のやりがい、キャリアの継続性、将来の年金額、精神的な充実感──これらは、目先の手取りには現れなくても、暮らし全体の質に大きな影響を及ぼします。
また、子どもの成長や家庭環境の変化に合わせて、時間の使い方や働き方の優先順位も変わっていきます。今この瞬間の「損得」だけを基準にすると、数年後に「もっと別の選択ができたかもしれない」と感じる場面も出てくるかもしれません。
大切なのは、働き方を“お金の最適化”としてだけ捉えるのではなく、「暮らし全体の中で、自分がどう在りたいか」という視点を持つことです。
もちろん、家計を守る視点は欠かせません。でもその視点を出発点としつつ、最終的な選択は「何に納得して生きていきたいのか」に根ざしていた方が、後悔の少ない働き方につながります。
損か得かの計算では測れない、“自分にとっての正解”を探ること。それが、未来に向けた働き方の選び方です。
まとめ:“働き方”は、“暮らし方”の一部として考える
共働きなのに家計が苦しい──そんな現実には、単純な「収入不足」だけでは語れない複雑さがあります。支出の構造、暮らし方の設計、そして「働き方」に向ける視点。そのどれもが噛み合わないまま日々を走り続ければ、がんばっても報われない感覚が募るのも無理はありません。
「もっと稼げば楽になる」と言われることもあるでしょう。でも、働き方の選択には、“数字だけでは割り切れない価値”が多く存在します。
あなたの大切にしたい時間はどこにあるのか。どんな暮らしを未来に描いていきたいのか。家計という視点からだけでなく、「自分と家族の在り方」から働き方を見つめ直すことで、納得感のある選択肢が見えてくるはずです。
そして、その選択は「いま」だけでなく、「これからの人生」にも影響していきます。だからこそ、焦らず、でも確実に、暮らし全体の見直しから始めてみることが大切です。